獣医さんは二人の女医さん

 椎葉村役場には、獣医さんが2名います。開業医としてではなく、村の職員として在籍し、役場に出勤して、診察道具や薬を満載した専用の公用車(軽のバン)で村内を回って、動物達の健康を守っています。
 動物と言っても、二人が診るのはペットではなく家畜。椎葉では主に「牛」という事になります。村内に約1000頭いる牛が彼らの、もとい、彼女達の患者さんです。
 二人の獣医さんは、桑原先生と絢香先生、取材にもマスクを外したがらない、恥ずかしがり屋の女医先生。でも、仕事ぶりは堂々としていて頼もしい。役場の獣医さんの仕事を少しご紹介します。

 今日、二人が訪れたのは、矢立の尾前牧場。130頭以上の黒毛和牛が飼育される大きな牧場です。
 着くとすぐ、休む間もなく右田場長と打ち合わせ。なにせ椎葉は広い村。役場を出発してここに着くまでの道中で既に1時間。牧場と牧場の間の移動に時間がかかってしまうので、少しの時間も無駄にできないのです。昼食は車の中でおにぎりをパクリ、という日も多いそうです。

 さて、先輩獣医の桑原先生。長靴を履いて、大きなエプロンに、肩まですっぽりと入ってしまうビニール手袋をして牛舎の中へ。あらかじめ柵に繋がれた牛が並ぶ後ろに回って、右手で尻尾を掴み、左手をお尻の穴にするすると差し込みました。ややしばらく真剣な表情で差し込んだ腕を微妙に動かして、手探りで何か大切なものでも探しているかのようにしています。
 これは大事な妊娠チェック。種付けした牛が、めでたく妊娠しているかを確認したり、卵巣や子宮の状態を直腸に入れた手の感触で診断しているのです。
 ここは黒毛和牛の繁殖牧場なので、母牛に、いかに元気な仔牛を多く産んでもらえるかが重要。種付けやお産も牧場の職員さんで出来る体制ではあるけれど、危険なお産の場合は急遽先生達が駆けつけることもあるそうです。
 その他、牛が風邪をひいたり、お腹を壊したり、捻挫や怪我をした時の治療、予防接種や血液検査、去勢など。たくさんの仕事があるのです。
「そりゃ、やっぱり、頼りになるねぇ」と右田場長。

 椎葉で獣医になって13年の桑原先生に頼もしい相棒が加わったのが一昨年の春。椎葉で生まれ育ち、必ず椎葉で獣医になると決めていた絢香先生が県外で経験を積んでいよいよ椎葉に帰ってきたのです。月曜から金曜までは二人体制で、土日は当番制で、椎葉の牛全ての健康を守っています。
 牛が嫌がって先生を蹴飛ばしてしまうんじゃないか?女性の力では、振り飛ばされたりしないのだろうか?と心配になりますが、「もちろんアザを作ったことは何度もありますよ。でも農家の皆さんが気を遣ってサポートしてくれるから大丈夫。」
 確かに、先生達が仕事をする間、ずっと右田場長は傍(かたわら)に寄り添って、記録のメモをとりながら牛達をしっかり宥(なだ)めていました。

 13年前、縁もゆかりもなかった椎葉村が獣医を募集していることを知り、「大好きな牛の仕事ができる!」と迷わず志願した桑原先生。面接に当たったのは、当時役場の農林課長だった絢香先生のお父さんだったそう。その時高校生だった絢香先生も桑原先生のことを覚えていました。

 牛が大好きな二人の獣医さん。ここでの仕事を完了し、次の現場に向かうまで束の間の休憩時間。産まれて間もない双子の牛に目を細めていました。
「モーー、かわいくて、たまらん!」