「この花がきれいだから上がってきたとやろ」とお母さん。
「そうそう。何の花ですか?椿?」と僕。
「知らんとよ。椿の仲間ではあろうがね」とお父さん。
おおらかな陽だまりの庭、春を待つ人たち。
無数に咲き乱れるピンクの花に誘われて斜面に建つ家を訪ねた。ここは仲塔。車を広い国道に停めて、坂道を歩いて上る。
山の斜面に石垣を築いて横に細長い家が建つ。その前に車一台が入る程度の幅の庭が伸びている。細長い段々畑に家が建ったような、いかにも椎葉らしい造り。
美しく清掃された玄関先の椅子に腰かけているのは、那須英一さんと智津子さん夫婦。
林業や椎茸つくりで思う存分働いてきたので、そろそろのんびりと陽なたぼっこする日があってもよかろうと、こうして昼食後の一時、見晴らしの良い庭を楽しんでいるのです。
ピンク色の花はすでに満開だけど、花壇の花や畑の草花はこれから少しずつ咲き始めるところ。仲塔の春はもうすぐそこです。
財木のキヨコお母さんの家の前は川が流れています。
夏は涼しげな流れでも、冬の間は何となく寒々しい。今朝も水量の少ない川を眺めては、 「ああ、早く温くなりゃええな」 そう思うのでした。温くなったら、ぼちぼち畑仕事も始めようかね。 春を待つお母さんの傍で、いくら寒くても元気いっぱいのチロちゃんも、お付き合いとばかりにしおらしくイスの上にお座りしていました。
財木の谷あいに、春よ来い。
かつては財木から五ヶ瀬町本屋敷方面へと続く駄賃つけ道がありました。かの柳田國男も椎葉を去る時に通ったであろうその道の奥の方にポツンと佇む一軒家。家の周りはきれいに整えられ、畑も手入れが行き届いています。 玄関を入ると広い土間、今は使うことがほとんど無くなった竈や、こんにゃくを作る時や筍を煮る時に使う大きな釜があって、天井からはガラスの少し割れたランプが下がっていました。梁や天井板は煤をまとって真っ黒。 以前は大家族の賑やかな声が絶えず、竈から煙が立ち上っていた様子が想像できます。
※駄賃つけ道:馬に荷物を負わせて運搬した道