椎葉若者写真鑑 Part2

Omae sekkei 尾前設計合同会社 / Kaede Omae 尾前 楓   

 

Omae sekkei 尾前設計合同会社 / Daiki Omae 尾前大樹

 

日本で最も山奥にあるといっても過言ではない建築設計事務所、尾前設計合同会社。

代表の尾前一日出さんの元に昨年、娘夫婦が帰ってきました。楓さんと大樹さん。共に建築士で家業の設計事務所で働きます。

 

一日出さんは建築はもとより、自然環境や生態系、歴史、狩猟などの知識や経験が豊富で、その保全活動や教育に力を入れています。そんな一日出さんを尊敬し、都会から椎葉に帰ってきた二人。

 

 

娘の楓さんは、子どもの頃から自然の中で遊ぶこと、そしてものづくりに親しんできました。写真で楓さんが佇むツリーハウスは自ら設計し製作したもの。

 

 

夫の大樹さんは、椎葉の歴史や生態系などに深い関心を持っています。里山に体験学習にくる子どもたちに向け、自然保全の大切さを伝えるため、手書きのイラストも作成しました。尊敬する父のように、この山奥の設計事務所で仕事をしながら、ここに集う人々とともに、若い夫婦はこれから尾向の里山を守っていく存在となることでしょう。

 

 

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Minitomato & Kaki nouka  (ミニトマト・花き)農家 /  Yuuki  Shiiba 椎葉勇気

 

脱サラして宮崎市から椎葉へ家族でUターンして約十年になる椎葉勇気さん。

地おおかわうち元の大河内地区で新規就農しました。妻の里実さんと二人三脚で、夏場はミニトマトを栽培し、冬場の花き(ラナンキュラス)は三年前から始めました。

 

 

Uターンした当時は、新規就農者自体が村内にほとんどいない状況で、補助金や制度も今ほど整備されていなかったそう。専門用語もわからないところから、研修に通う合間に自力でビニールハウスを建てました。

 

「ある程度の苦労は必要。諦めない気持ちと覚悟を持っていれば、これからもやれると思います」勇気さんの農業に対する熱意も、さらなる収量や品質への向上心も、夫婦二人で分け合っているからこそ湧いてくるのかもしれません。

「一緒にやれていることが強みです。もし奥さんがどこかへ勤めていたら、一人で抱え込んでいたかも」と振り返る勇気さんに、うんうんと頷く里実さん。なんだかとてもいいコンビネーションです。

ここ数年は、仕事の区切りや効率を見極められるようになり、ぐっと理想的な生活に近づいてきました。自営業だからこそやった分だけ収入に繋げて、休みも決められる。子どもたちとの時間も増えました。

 

 

「将来歳を取って子どもが巣立ったら、何歳までハウスをしようかと話をするんです」そんな会話を繰り返しながら、働いて、家族で遊んで、たまに旅行して。それこそが、これからもずっと続けたい幸せそのものです。

 

 

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Yubin haitatsu inn 郵便配達員  /  Anna Kurogi 黒木晏夏

 

郵便配達員として、地元である小崎地区を担当する黒木晏夏さん。

「小崎の郵便配達といえば、うちの家と言われるんです」ひいおじいさんの頃は、車のない時代だったので山から山へ歩いて配達に回っていたと、今でも地域の人が懐かしく話してくれます。おじいさんも、お嫁に来た晏夏さんのお母さんも郵便配達員として勤め、今は自分がその後を継いでいます。

毎日軽バンに乗って、地区の隅々まで運転して回ります。それぞれの世帯へ到着すると、「こんにちは、郵便でーす」と、大きな声かけ。在宅中であれば、皆この合図で玄関先まで出てきてくれるのです。

 

 

集落から集落へ車を走らせ、季節の変化に目を留められるこの仕事が、この暮らし方がとても気に入っているという晏夏さん。高校卒業後に椎葉へ帰ってきて以来、街に出てみたいと思ったこともあったけれど、いつの間にか故郷が心地いい居場所になっていました。自分らしい生き方ができているなと、最近では感じています。

 

晏夏さんは、椎葉村の青年会長も務めています。若い世代が頑張っている姿は、きっと地域の人を元気づけるはず。子どもたちにも、大人が地域のために楽しんで活動する姿を見てもらいたい。今を皆で楽しむことが、未来の椎葉にも繋がると信じています。

 

 

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Shiibason toshokan“Bun-Bun-Bun” 椎葉村図書館『ぶん文Bun』/ Tsuyoshi Komiyama 小宮山剛

 

 

四年前に東京から移住してきた小宮山剛さんも「日本三大秘境」のワードに惹かれた一人。

別の地域では感じられない唯一の価値があるのではと期待し、「クリエイティブ司書」のミッションにも大いに胸躍らせ、地域おこし協力隊として椎葉村図書館『ぶん文Bun』の立ち上げに携わりました。

 

 

椎葉に来て、椎葉の人の話を聞いて、人口減少や村の存続の危機感に触れて。移住促進や子どもたちの教育環境を考え、帰ってくる人を増やさなければ村がなくなる。そんな実感のこもった課題を目の前にして、「燃えざるを得なかった」といいます。

自分の楽しさだけを考えて移住してきたはずが、いつしか「村の存続のために」という大きな大義名分が生まれていました。現在は椎葉村の職員となり、図書館司書を務めながら『ぶん文Bun』の魅力を日本全国に発信する小宮山さん。日本三大秘境の名に劣らない椎葉村らしさが光る図書館には、村内外から利用者が集っています。

 

 

『飛びたて、椎葉のみつばちたち。そしていつでも、帰っておいで。』この図書館を有する『交流拠点施設かてりえ』のコンセプトの一節です。進学のためにいずれ椎葉を離れていく子どもたちにとって、今は新しい楽しさや意欲を見出せる場所であり、帰ってきた時には懐かしく、自然と足が向くような巣箱になるように。そんな未来を見据えています。

 

 

 

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Shiibason yakuba 椎葉村役場 /  Kazuma Shiiba 椎葉一馬

 

Shiibason yakuba 椎葉村役場 / Masaki Omae 尾前正樹

 

 

尾向地区出身で、小学校から同級生の二人。

それぞれ大学や専門学校を卒業後、村へ戻り、椎葉村役場の職員になりました。椎葉一馬さんは集落の神楽を受け継ぐため、大人になったら帰ってくると決めていました。尾前正樹さんも地元を活気づけたいという強い思いがあります。

 

二人は、自分たちの村を自分たちの方法で盛り上げようと、数年前にタッグを組みました。その名も『Omukai CityClub』。ギターを携えた弾き語りで、尾向地区だけでなく、椎葉村内の様々な行事やお祭りに引っ張りだこ。今では『椎葉のコブクロ』という異名を持つほどです。

 

 

この日は、尾向交流拠点施設イロリで、初めてのインスタライブに挑戦。若者代表として、やりたいことは先陣を切って楽しむスタイルです。

「こんな過疎地だからこそ『椎葉で?』ということをやりたい。椎葉でバンドやライブをやることもその一つだし、あえて焼酎じゃなくて、ワイングラスでワインを飲むとか・・・」

守っていきたい椎葉の伝統や風習は大切にしながら、若者の求める楽しみ、生き方も取り入れたい。一番大切なことは、ここにいる自分たちが楽しいかどうか。

 

「みんなをワクワクさせること、椎葉が盛り上がることがやりがい」そう言い切る言葉の裏側には、後の世代が続かなければ地元がなくなるかもしれないという未来への危機感があります。だからこそ、楽しいことをやろう。椎葉でだって、こんなに自由に新しいことを生み出せると証明して見せよう。二人の目指す椎葉は、誰もがやりたいことを楽しめる場所。そんな仲間が増える場所です。

 

 

 

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つづく