尾向小学校の焼畑 夏から秋へ

『風薫る 椎葉里歩き』 第3回 尾向小学校の焼畑 夏から秋へ

 8月4日、梅雨が長引き、予定より2週間遅れでようやく迎えた火入れの日は、なんとも気持ちの良い青空でした。

 この日私が訪れたのは、尾向(おむかい)小学校の「子ども焼畑体験学習」。小学校で本物の焼畑を行っているのは日本で唯一、この尾向小だけなんだそう。まさにオンリーワンな小学校です。

 今年の焼畑地は、尾向地区の中でも高地の小林集落。軽トラで山道をぐんぐん上っていくと、向かってくる風は夏なのに肌寒いほどひんやりと冷たいのでした。

 7月に地域や保護者の方々がやぼ切り(草木を切り倒す作業)を終えていた土地。杉の枯れ葉が多く、よく燃えそうです。

 火入れの前に必ず行われる神事では、山の神様へ、火入れの唱え言で祈りを捧げます。もちろん1年生でも、すらすら暗記済み。

 そしていよいよ3人の6年生によって火が入れられます。一気に燃え広がりすぎないように火入れは斜面の上の方から。炎は下へ横へと燃え広がり、やがて辺り一面大きな炎に包まれました。

 こんなにも大きな炎を、こんなにも間近で見たのは、初めての経験です。その場に立っていられないほどの熱さに圧倒され、同時に火の恐ろしさも感じます。

 火を操るのは、まさに伝統の技と知恵。隣の土地に燃え移らないのは、焼畑地の周囲に、燃えそうな草木を取り除いた防火帯(火断/かだち)を作っているから。

 炎は予定した範囲をあっという間に燃やし尽くし、静かにおさまり、灰になりました。

 そして、焼畑の熱気もまだおさまらないうちにすぐに種まきが行われます。

「えい、おりゃー!」

無邪気な子どもたちの手から灰の上にまかれる蕎麦の種。それはずっとずっとこの地の人が繋げてきた椎葉の蕎麦の種。今年もしっかり繋ぐことができました。

 灰で真っ白だった焼畑は、1ヶ月後再び訪れた時には、蕎麦の花で一面真っ白に埋め尽くされていました。その美しさと生命力。(上の写真をページトップの写真と見比べてみてください。)

 たった1ヶ月で、あの枯れ枝だらけだったヤボが真っ白い花園へ、こんなにも変われるのだということに、ただただ驚かされるのでした。

 

 収穫は10月。

 昔ながらの方法で手刈りした蕎麦は乾燥させた後、棒で叩いて脱穀。そして実だけを取り出すために唐箕(とうみ)にかけます。手で回して風を吹かし、軽い葉っぱや殻を飛ばしてしまうのです。

 そうして採れた蕎麦は臼で挽いて粉にして、収穫祭の日に自分たちで打って美味しく味わいました。

 

 こんな営みがこの32年間、毎年の学校行事として当たり前にあり続けているのは大変なこと。何故続けて来られたのだろう?そう考えました。

 それはきっと、途絶えてもおかしくない様な手間のかかる習慣も文化も「当たり前にやってのける」椎葉の人たちに根付いた『繋ぎ続ける精神』のおかげではないかと思います。先人が残し、伝えたものは、自分も次に繋げる。それが「当たり前」だという思いが子どもたちの中にもすでに芽生えている様に思えるのです。

 

 最後に頂いた一杯のおそばは、本当に美味しかったな。これが、椎葉でずっと繋がれてきた味なんだ。また一つ体で覚えることができた。何度も通った甲斐がありました。

文・写真 中川薫