上椎葉ダム

「あそこには昔、椎葉でいちばん栄えた集落があったのよ」
展望台から上椎葉ダムを指さしながら、観光ガイドのアヤ子さんが説明します。

このダムの建設のため、昭和25年当時の椎葉村には延べ500万人の労働者が流入し※1、商店街は「椎葉銀座」といわれるほどの賑わい※2だったとか。

今はコンビニもなく、信号も一つしかないこの山奥の村に、60年前には映画館があったというのだから驚きです。

ダムの建設予定地には、一つの集落がまるごと入っていました。
着工に伴い、住民は他の地区や村外に転出。美しい湖の底には、73戸の集落が沈んでいます。

展望台からの景色を眺めながら、最近あった一場面を思い出します。

おとなりの熊本県で、偶然出会った「椎葉さん」。
椎葉村独特の苗字をもつ彼女には、やっぱりこの村とのゆかりがありました。

「夫の祖父が、ダム湖に沈んだ集落の出身だったんです。私も気になって、夫と二人で椎葉までダムを見に行きましたよ。結局何もせずに帰っちゃったけど。」と彼女は笑いながら話してくれました。

山々とともに耳川の源流を抱く上椎葉ダムは、霞をまといながら静かに佇んでいます。
いかにも人工物然としながら、同時に周囲の自然に溶け込むようにも存在しているその姿は、山の中に残る苔むした石垣を連想させます。

人々の営みと自然との境界は、一体どこにあるのだろう。
湖底に沈んだ73戸も、いずれは朽ちて自然に還るのだろうか。

そんなぼくの想いなど知らぬとばかりに、今日も上椎葉ダムはどっしりと、そこに存在しています。

(※1 椎葉村観光協会ホームページより。)
(※2 今も椎葉銀座として、丁度いいスケールで賑わってます。)

Local LAB Shiiba
村内ライター:内村光希(27歳)

都城市出身。大学院を中退後、全国の農家さんを訪ねて遊びまわった末に岩手県で2年間のお百姓さん研修を受けました。そのときの研修先で知り合ったパートナーと、2018年4月より椎葉村に移住。家族構成は妻1人、ヤギ1頭。ライフワークはファシリテーションです。椎葉村をファシリテートしながら百姓として暮らすことが当面の目標です。

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