上松尾の老夫婦

お盆前の椎葉、今年、特に暑い日が続いているのは標高500メートルのここ上松尾も同じことです。もうすぐ穂を出しそうな勢いで青稲が茂る田んぼを渡る風がわずかに涼しげなだけで、畑にもにも軒先きにも人影はなく、小屋の中の猟犬たちは「はあはあ」となんだか気だるそう。こんな夏の昼下がり、集落の人たちは何をしてるのかな?ちょっと覗いて見たくなりました。

一軒の白い家、那須重喜さんとミチ子さんが窓を大きく開け放したその奥の居間で、テレビも決して静かにお茶を飲みながら座っていました。

「暑いですねー」と声をかけるとにっこり笑う二人。
「暑いからね、仕事は何もせんで座っとるだけです。」そしてまたにっこり。
屋根の梁に、(天保年間に建てた)という書きつけがくくりつけられていたというから、築180年の古い家。二人ともに80歳をすぎて、山仕事も椎茸も田んぼも、牛飼いも引退してしまった今は、目の前の山や田畑がゆっくり自然に帰っていく様子を同じ目線で眺めながら、しずかに話をしているそう。
「二人で話すことは・・・もう話し尽くしました。あはは。」
座卓の下からすっと取り出したのは松尾中学校の閉校記念誌。二人とも、まだ椎葉中学校の分校だった頃の卒業生。どの子が二人か当てっこに挑戦したけれど、どちらも当てることはできませんでした。


中学校を卒業して、お父さんは日向の高校に、お母さんは延岡の高校にそれぞれ進学しました。当時は高校まで進学させてもらうことは珍しかったとか、やがて松尾に帰って結婚し、山を守りながら子ども達を立派に育て上げました。長い長い60数年が、この2枚の写真の間にあったのですね。高い山の斜面の、小さな窪みの一軒の、一組の夫婦の長い物語。二人で語ることはまだまだたくさんありそうです。


庭先にわずかに植えた花とナス、オクラ、紫蘇・・・二人で食べるにはちょうどいい量なのでしょう。陽が昇って陽が落ちて、月が出て、星が消えてまた陽が上る。草が伸びて夏が深まり、お盆が過ぎれば秋に向かっていく上松尾の集落。
「また話に来てください。」どこまでも丁寧な二人に
「また来ます。」と言って別れました。
かすかに風が吹いて、咲き始めたコスモスを揺らしていました。